今日は、また雑記ブログです。
ワタクシ、極度の「心配性」である件。
私は極度の「心配性」である。
「石橋を叩いて渡る党」の党員でもある私は、「備えあれば憂いなし派」の派閥に属しており、「後悔先に立たず」を公約に、ワタクシという国を作り上げてきたため、小童の頃から「ちょっと心配性かな?」という懸念はあった。
それがここ最近、その「心配性」が日常生活にも支障をきたしてくるレベルまで、メキメキと成長してきたため、とりあえずブログに書くことにした。
まず、ワタクシの「心配性」がどれほどのレベルなのかを説明したい。
説明したいと思っている。
そして「心配性あるある」を言いたい。
むしろ「心配性あるある」を言いたい。
声を大にして言いたい。
もちろんブログなので、声を出すわけではないが、声を大にしたいくらいの気持ちで「ワタクシの心配性あるある」を言いたい。
「ワタクシの心配性あるある」のワタクシとは、何を隠そう、「少額株式生活男」とサブいネーミングのブログ筆者のワタクシである。
その「少額株式生活男」の「心配性あるある」を言いたいと考えている。
しかし、どちらかというと今は、「心配性あるある」のサビの部分までの、Aメロの文章を考えるほうが先決であるとの考えになってきている。
最後のサビの部分の「あるあるネタ」が面白く仕上がる秘訣は、このAメロ部分の「惹き」、「間」が重要なのである。
しかし、今この時点で、その「惹き」、「間」は、十分とれていると判断したため、「ワタクシの心配性あるある」を言いたいと思う。
小生の「心配性あるある」を言おう。
けれども、どちらかといえば、「この記事の今までのこの流れ、全然面白くねぇ。ダルッ。」と思われていないか、という別の心配が私を襲ってきている。
しかし、本題の「ワタクシの心配性あるある」から話が離れてしまう危険性が極めて高いため、この話は止めておこう。
そう、私は今、「ワタクシの心配性あるある」を言いたいのだ。
「ワタクシの心配性あるある」を本当に言いたい。
「ワタクシの心配性あるある」を言うことができたら、どんなに悦な気分になるのか、想像しただけでも悦であり、もはやそれを超えて、悦子である。悦子って誰?
そろそろシラケてきたと思うので、この辺で「ワタクシの心配性あるある」を言います。
イヤしかし、もうちょっとAメロを伸ばした方が、「あるある」がもっと面白くなるんではなかろうか?という心配がちょうどいましがた襲ってきた。どのくらいの「惹き」、「間」がいいのか?
されども早く「ワタクシの心配性あるある」を言いたい。
じゃあ、「ワタクシの心配性あるある」言うよ。
1回家を出て、玄関の鍵を閉めているか心配になり、すぐ家に戻りがち。
というしょーもない雑記も書いてます。
☞カテゴリ: 雑記
書き下ろし:2020年7月10日
リライト:2023年1月7日
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